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橋本努の音楽エッセイ 第18回「80年代という、幸せな時代からの贈り物」

 

雑誌Actio 201012月号、24

 


 

 前回はあまりにも絶望的なことを書いてしまったが、今回は一転、フュージョン・バンドの軽快な一枚をご紹介したい。80年代の日本のテレビやラジオのシーンを朝から晩まで彩ったオランダのバンド、「フルーツケーキ」である。

 英語では「うすらとんかち」という意味の俗語になるが、サウンドはいたって明るく爽やか。そのおしゃれなメロディーラインは、だれもが口ずさめるような親しみやすさがある。最近になって、そのフルーツケーキのアルバムが3枚ほど再CD化されるというので、私は迷わず先行予約で申し込んだ(Fruitcake 1-3, NCS-746-748)10月になって届いたCDを聴いてみると、それはもう、あの頃の淡い感覚でいっぱいになってしまったのであった。復刻の企画と販売を手がけたタワーレコードさん、そして製造のビクターさん、本当にありがとうございました!

 実は何を隠そう、私はこれらのアルバムの再CD化を、心から待ちわびていた。なんとかして思い出を取り戻したいと考え、いろいろと問い合わせたこともある。神戸を拠点にグルーヴィーなCDを次々とリイシューしているこだわりの会社、「プロダクション・デシネ」にまでメールでお願いしたが、そつない返事にうなだれた。それがようやく、ファースト・アルバムから27年ぶりの復刻となる。喜んでいるのはおそらく、私のような40代のオジサンたちであろう。フルーツケーキという名前を知らなくても、聴けば思い出す曲ばかり。あの時代を映し出すバンドで、例えばNHK-FMのクロスオーバー・イレブンなどを聴いていた人にはおすすめのBGMソングだ。80年代という、幸せな時代からの贈り物である。

 その当時、まだ中学生だった私は、レンタル・レコード店でレコードを借りてはカセットテープに録音するという、録音マニアの日々を送っていた。YMOが全盛期の頃でもあったが、自作自演の音楽を作りたいという関心から、フルーツケーキには特別の関心があった。この他、カシオペアやナベサダ(渡辺貞夫)などもよく聴いた。グルーヴィーな音楽は、私には郊外の景観とともにあった。底抜けに明るい、例えばクラップ(電子音の手拍子)で刻むビートの感覚は、ポストモダン消費社会における虚構にみちた生活を、心地よく演出してくれるだろう。

 タワーレコードによると、フルーツケーキの復刻には、予約注文が殺到したという。また、HMVのサイトでフュージョン部門の週間チャートをみてみると、興味深いことに、上位のほとんどが80年代の復刻版であった。フュージョン音楽は、80年代に大きく開花した。だから古典となるのは、いつも80年代。しかもCDを買う世代は、30代以上が牽引していて、10代、20代の若者たちは、ネット配信の音楽で自足しているようなところがある。それで現在のフュージョンのCDの売り上げは、80年代の復刻が中心となってしまうのだろう。こうなると80年代は、CD業界にとって、宝の山となる。例えば最近復刻されたPhilip CatherineEnd of Augustなどは、美的な知性の傑作で、私にとって新たな発見だった。